教室員の風景

2019年1月

「平和と水はタダにはあらず、いわんや血をや」

はじめまして、医師14年目の久保卓郎と申します。
昨年8月に大学に戻って来てから、主に顕微鏡と向き合って細胞診のまとめをする日々を過ごしていましたが、先輩の郭医師より輸血療法委員の役割を引き継ぎました。市民の方々の善意の献血による貴重な血液が、無駄なく提供できるよう微力を尽くします。今回は、1人の献血する人間としての立場から、献血に対する思いを述べることにします。

今から20年以上前、夏休みに友人達と信州の北アルプスに行きました。上高地から入山してベースキャンプを設営し、そこを拠点に奥穂高岳に登りました。上高地まで下りた後、車で中房温泉に移動しました。今度はそこから入山し、表銀座という縦走ルートで槍ヶ岳に登った後、槍ヶ岳を源流とする梓川の流れに沿って再び上高地に下りて来ました。その時、上高地バスターミナルに献血車が来ていて、生まれて初めて200ccの献血をしました。

その後10年以上は献血をしていませんでしたが、産婦人科医となってから患者に輸血を行う機会が増え、特に分娩時の産科大量出血では5000cc以上も出血することもありました。医療者の知識と技術だけでは人の命は救命できないというのが現実でした。その時に市民の方々からの献血の有難さを実感し、自身も400ccの献血を年3回行うようになりました。ちょうど昨年1月で献血回数が20回に達し、記念に目覚まし時計を頂きました。

医師となる前、山登りの友人から『ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記』(塩野七生著)という本を送られ、読んだことがあります。紀元前200年頃のポエニ戦争でカルタゴの将軍ハンニバルが兵隊とアフリカ象を連れ、アルプス山脈を越えて背後からローマに侵入した後、スキピオ将軍率いるローマ軍がカルタゴ軍を破り、ローマの平和Pax Romanaの基礎を築いた物語が描かれています。塩野氏はその著書の中で、「ローマ市民の直接税は『血の税』、つまり、軍役で支払うのが決まりであった」と記されています。日本国憲法下の現代日本では、その税はもはや存在しませんが(国会で議論中の憲法改正の究極の目的は、その税を復活させることにあると思われますが)、1人の市民(守山市民)として、方法を替えて献血によって、そろそろ23回目の「血の税」を納めに行こうと考えている今日この頃です。